通行人の多い歩道を歩いていた時のこと。
わたしの前を歩いていた初老の紳士と、
歩道に面したビルから出てきたオジサマがぶつかった。
初老の紳士: 「ごめ〜ん。」
オ ジ サ マ: 「すみませんでした。」
彼らはたった二言の会話を笑顔で交わした。
殺気立ったラッシュ時の空気が、急に爽やかなものに感じられた。
「ごめん」が言える大人ってカッコイイ ![]()
*・゜゚・*:.。..。.:*・゜
さて、今回は「エゴのささやき」について書いてみます。“エゴ”といっても、学術的な位置づけをするわけではありません。身近に聞こえるような、私達が前に進むのを止めるささやきとして扱ってみたいと思います。
私達が何かをしようとするとき、「本当にそれって大丈夫?」「やめておいた方がいいんじゃない?」といったささやきが聞こえることがあるかと思います。
例えば、既婚者とのお付き合いをやめようとすると、「もうこんな人には出会えないよ。」とか、「それでいいの?また一人になっちゃうよ。」とか。浮気したパートナーとやり直すのに、「また傷つくだけじゃないの?」とか、「本当に信じられるの?」とか。結婚を決めようとすると、「この人にはあんなところもあるけれど…。」とか、「この結婚ってみんなが喜べるものなの?」とか。
どちらかというとネガティブさに基づいた発想で、私達の行動や決断を妨げるようなささやきたち。これらは、私達がこれまで生きてくる上で身につけた危機管理の能力から発する言葉なのかもしれません。過去に傷んだ食べ物を口にしてひどい腹痛になった経験があると、同じ食べ物を口にするのに「大丈夫かな?」と警戒心がわくようなものでしょうか。かつて辛い思いをしたなどの経験があると、同じような経験になるのを防いで自分を守ろうとするのは、心の働きとして自然なことのようです。
危機管理という意味で「ネガティブさ」はとても大切なものです。けれども、それがあまりに強くなりすぎて自分が苦しくなってしまったり、自分が前に進むことを止めてしまっていたりするとしたら、危機管理の範囲を超えて別の力になっていないか見直してもいいのかもしれません。傷んでいない食べ物まで疑って避けていたら、おいしさにはずっと出会えないでしょう。
私達が幸せになっていこうとすると、それを止めるようなささやき、これらは「エゴの声」と呼ばれています。エゴは、「きっとこうなってしまうよ。」とか「かつてこうだっただろう。」と、もっともらしいことをささやきます。実在する誰かの声を借りて、「あの人にこう言われるから。」とか「みんながいつもこうだったから。」と、現実に言われているわけではないけれど、妙にリアルな場面を想像させます。
エゴは、一見もっともらしいことをささやくので、ついつい耳を貸してしまいたくなります。でもなぜか、エゴの言うことを聞いても幸せにはなりません。エゴは私達の心にあるオソレを上手に刺激してきます。「誰かと比べて不十分」とか、「あの人には負けたくない」とか、「どうせこうなんだから」とか、「こうしないのは間違っている」とか…オソレをつつくようなことをささやきます。
これらのささやきに従った結果手に入るのは、ひとりぼっちの感覚、人との隔たり、孤独感、みんながいる世界と分離しているような感じ…でしょうか。エゴの言うことを聞くと、エゴによるオソレが作り出す不安からは一時的に逃れることができるようです。けれども、望むような未来が手に入るわけではなさそうです。
例えば、浮気をしたパートナーとやり直そうとするときに、エゴは「また傷つくだけじゃないの?」とか「本当に信じられるの?」などとささやきます。この声を聞いて、パートナーを疑って接すると、「ほらやっぱり」と思うことをたくさん見つけることができるでしょう。でも、本当に望んでいるはずのパートナーとの信頼し合える関係は手に入りにくくなるのではないでしょうか。
では、エゴの声にどうやって対処したらいいのでしょう。まずは、危機管理として聞くべきことなのか、エゴの声なのかを聞き分けることが大事です。ひとつの聞き分け方としては、「その声に従って後悔しないだろうか?」という視点をもって考えてみることです。エゴは、前に進むこと・変化すること・幸せに近づくことがお嫌いです。逆に、オソレと分離を使って、現状に留まることをささやきます。エゴの特徴を知って、それがエゴの声だと気づくことがエゴにとらわれない生き方をするための第一歩です。
次に、エゴの声だと気づいたら、「その声に従って生きたとして、幸せになれるか?」と自分自身の心に尋ねてもらえたらと思います。エゴはもっともらしいことをささやくので、それを振り切るのには勇気が要ります。誰かに納得させてもらうのではなくて、自分が納得していくという覚悟が要ります。
エゴの声に従うのか、エゴの声を振り切って先に進むのか、それは「あなたの選択」です。エゴの声は、一度振り切ったとしても、何度も何度も繰り返しささやいてきます。そのたびに選択を続けていきましょう。幸せに近づいていくにつれて、エゴの声はどんどん大きくなるようです。そして、より究極の選択を突き付けてきます。迷いが出るかもしれませんが、エゴの声が大きいということは幸せが近いということなのかもしれませんね。幸せの中に飛び込んでしまうと、エゴの声は消えてなくなるようです。
それから、現状維持を選択したとしても、それも選択です。感情がもつれているときには、現状維持が精一杯なこともあるでしょう。この場合も、現状維持させられているのではなくて、現状維持を選択していると自覚することが、状況の捉え方を変化させてくれるでしょう。
最後に、「エゴは笑わない。」と言われています。笑えない時は、エゴの声にとらわれていないか見直してみてもいいのかもしれませんね。
◇ameblo“恋愛テクニック”記事(2012年8月30日掲載)を一部修正しての紹介です。
さて、今回は「エゴのささやき」について書いてみます。“エゴ”といっても、学術的な位置づけをするわけではありません。身近に聞こえるような、私達が前に進むのを止めるささやきとして扱ってみたいと思います。
私達が何かをしようとするとき、「本当にそれって大丈夫?」「やめておいた方がいいんじゃない?」といったささやきが聞こえることがあるかと思います。
例えば、既婚者とのお付き合いをやめようとすると、「もうこんな人には出会えないよ。」とか、「それでいいの?また一人になっちゃうよ。」とか。浮気したパートナーとやり直すのに、「また傷つくだけじゃないの?」とか、「本当に信じられるの?」とか。結婚を決めようとすると、「この人にはあんなところもあるけれど…。」とか、「この結婚ってみんなが喜べるものなの?」とか。
どちらかというとネガティブさに基づいた発想で、私達の行動や決断を妨げるようなささやきたち。これらは、私達がこれまで生きてくる上で身につけた危機管理の能力から発する言葉なのかもしれません。過去に傷んだ食べ物を口にしてひどい腹痛になった経験があると、同じ食べ物を口にするのに「大丈夫かな?」と警戒心がわくようなものでしょうか。かつて辛い思いをしたなどの経験があると、同じような経験になるのを防いで自分を守ろうとするのは、心の働きとして自然なことのようです。
危機管理という意味で「ネガティブさ」はとても大切なものです。けれども、それがあまりに強くなりすぎて自分が苦しくなってしまったり、自分が前に進むことを止めてしまっていたりするとしたら、危機管理の範囲を超えて別の力になっていないか見直してもいいのかもしれません。傷んでいない食べ物まで疑って避けていたら、おいしさにはずっと出会えないでしょう。
私達が幸せになっていこうとすると、それを止めるようなささやき、これらは「エゴの声」と呼ばれています。エゴは、「きっとこうなってしまうよ。」とか「かつてこうだっただろう。」と、もっともらしいことをささやきます。実在する誰かの声を借りて、「あの人にこう言われるから。」とか「みんながいつもこうだったから。」と、現実に言われているわけではないけれど、妙にリアルな場面を想像させます。
エゴは、一見もっともらしいことをささやくので、ついつい耳を貸してしまいたくなります。でもなぜか、エゴの言うことを聞いても幸せにはなりません。エゴは私達の心にあるオソレを上手に刺激してきます。「誰かと比べて不十分」とか、「あの人には負けたくない」とか、「どうせこうなんだから」とか、「こうしないのは間違っている」とか…オソレをつつくようなことをささやきます。
これらのささやきに従った結果手に入るのは、ひとりぼっちの感覚、人との隔たり、孤独感、みんながいる世界と分離しているような感じ…でしょうか。エゴの言うことを聞くと、エゴによるオソレが作り出す不安からは一時的に逃れることができるようです。けれども、望むような未来が手に入るわけではなさそうです。
例えば、浮気をしたパートナーとやり直そうとするときに、エゴは「また傷つくだけじゃないの?」とか「本当に信じられるの?」などとささやきます。この声を聞いて、パートナーを疑って接すると、「ほらやっぱり」と思うことをたくさん見つけることができるでしょう。でも、本当に望んでいるはずのパートナーとの信頼し合える関係は手に入りにくくなるのではないでしょうか。
では、エゴの声にどうやって対処したらいいのでしょう。まずは、危機管理として聞くべきことなのか、エゴの声なのかを聞き分けることが大事です。ひとつの聞き分け方としては、「その声に従って後悔しないだろうか?」という視点をもって考えてみることです。エゴは、前に進むこと・変化すること・幸せに近づくことがお嫌いです。逆に、オソレと分離を使って、現状に留まることをささやきます。エゴの特徴を知って、それがエゴの声だと気づくことがエゴにとらわれない生き方をするための第一歩です。
次に、エゴの声だと気づいたら、「その声に従って生きたとして、幸せになれるか?」と自分自身の心に尋ねてもらえたらと思います。エゴはもっともらしいことをささやくので、それを振り切るのには勇気が要ります。誰かに納得させてもらうのではなくて、自分が納得していくという覚悟が要ります。
エゴの声に従うのか、エゴの声を振り切って先に進むのか、それは「あなたの選択」です。エゴの声は、一度振り切ったとしても、何度も何度も繰り返しささやいてきます。そのたびに選択を続けていきましょう。幸せに近づいていくにつれて、エゴの声はどんどん大きくなるようです。そして、より究極の選択を突き付けてきます。迷いが出るかもしれませんが、エゴの声が大きいということは幸せが近いということなのかもしれませんね。幸せの中に飛び込んでしまうと、エゴの声は消えてなくなるようです。
それから、現状維持を選択したとしても、それも選択です。感情がもつれているときには、現状維持が精一杯なこともあるでしょう。この場合も、現状維持させられているのではなくて、現状維持を選択していると自覚することが、状況の捉え方を変化させてくれるでしょう。
最後に、「エゴは笑わない。」と言われています。笑えない時は、エゴの声にとらわれていないか見直してみてもいいのかもしれませんね。
◇ameblo“恋愛テクニック”記事(2012年8月30日掲載)を一部修正しての紹介です。